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北海道東方沖地震(ほっかいどうとうほうおきじしん)とは、北海道色丹島南東沖を震源として発生する地震。このように呼ばれている地震は1969年1994年の2回があり、区別のため、19xx年北海道東方沖地震と西暦を冠して呼ばれる(1994年の地震は、気象庁の命名による)。

※震度は発生当時の階級とする。

1969年北海道東方沖地震[]

1969年(昭和44年)8月12日6時27分39秒に発生。震源は北海道東方沖(北緯42度42分、東経147度37分、深さ30km)で、地震の規模を示すMは7.8。十勝沖地震択捉島沖地震などと同じプレート境界型地震である。

最大震度は4で、根室市釧路市広尾町で観測された。津波も発生し、根室市花咲港で1m29cm、釧路港で72cmなど。

1994年北海道東方沖地震[]

1994年(平成6年)10月4日22時22分57秒に発生した。震源は北海道根室半島沖約200km(北緯43度22.5分、東経147度40.4分、深さ28km)の地点。最大震度は、釧路市厚岸町で観測された震度6。地震の規模はM8.2[1]で、1993年(平成5年)釧路沖地震と同じ海洋プレート内地震である。日本近海で発生した地震としては、平成に入って初めてM8を観測した。

全体での被害は釧路市で最も多く、負傷者437人、住宅全壊61棟、半壊348棟、一部損壊7095棟、浸水184棟であった。死者9人、行方不明者2人は全て択捉島で発生した。このほか、道路損壊・崖崩れ・マンホールの浮き上がりなどが多数発生。埋立地を中心に液状化現象も発生した。 釧路市の被害が注目されているが、中標津町別海町標津町の被害も甚大で国道、道道等多数の道路が寸断され家屋も多数全半壊している。中標津町では当初震度4とされたが地震計が設置されている場所が市街地から離れており、地盤も頑丈であったため被害状況から判断して震度5強~6弱程度揺れていたと推測される。

この地震では、津波も発生し、波高は根室市花咲港で173cmなどだったが、地震発生直後に津波警報・注意報が発令され緊急警報放送が実施されたためか、北海道での被害は少なかった。

北方領土の島々にも被害が及んだ。特に択捉島では地震による直接の被害に加え、津波も襲い、死者・行方不明者合わせて11人。1万人近くの人々がロシアに移住を余儀なくされた。

震度は以下のとおり[2][3]。震度の基準、及び観測した市町村名は当時。この地震では、東北地方の太平洋側で震度4を、東京など関東地方でも震度3を観測した一方で、北海道内の旭川や留萌で震度2、稚内で震度1にとどまるなど、異常震域の傾向を呈した。

震度 観測地点
震度6(最大) 北海道:釧路、厚岸
震度5 北海道:根室、広尾、浦河、足寄、中標津、羅臼
震度4 北海道:函館、帯広、苫小牧、網走など
道外:青森、八戸、大船渡、盛岡など
震度3 道外:仙台、東京、横浜、熱海など

脚注[]

  1. 気象庁がデータを整理している1923年以来、我が国周辺で発生した最大級の地震である。
  2. 気象庁 地震・火山月報
  3. 気象庁 震度データベース検索

関連項目[]

テンプレート:日本近代地震