浦河沖地震(うらかわおきじしん)は、1982年(昭和57年)3月21日午前11時32分06秒、北海道日高支庁浦河郡浦河町南西沖20km(北緯42度4分、東経142度36分、深さ40km)を震源として発生した。地震の規模を示すMは7.1。 震源に最も近い浦河町では、震度6を記録。札幌市、帯広市、小樽市、岩見沢市、苫小牧市、倶知安町、広尾町、青森県むつ市で震度4を観測するなど、北海道全域と東北地方北部を中心に強い揺れを感じた。「震度6」を北海道で観測したのは、史上初のことであった。
被害[]
被害は浦河町とその周辺に集中した。浦河町では、ブロック塀や自動販売機がバタバタと倒れ、電柱や煙突も傾いた。窓ガラスもほとんどが割れ、地面に散乱した。地震観測の最前線となった浦河測候所では3台ある地震計のうち2台が落下し、破損。そのうちの1台は、地震を感じるセンサーのバネが折れた。 さらに、大通りの商店街は軒並み損壊。モルタルの壁がそっくり剥がれた店もあった。
浦河町に隣接する静内町・三石町(現・新ひだか町)でも様々な被害が発生した。静内町では、静内川にかかる橋が倒壊、隆起・沈降の影響で通行不能となった。
総被害は、負傷者167名、全壊13棟、半壊28棟、一部損壊675棟、その他22棟、船舶転覆等6隻であった。津波は浦河港で80cmが観測されたが、大きな被害はなく、火災も発生しなかった。
余震[]
最大余震は、本震から約8時間後の午後7時22分34秒に発生したM5.8であった。浦河町で震度4を記録したが、大きな被害はなかった。
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